Sun Sugar Son Blog

手作り防湿庫


言わないで後悔するより
言って後悔しよう
が、最近のテーマだったもので、
過去二回、不用意な発言をぽろぽろしましたが、
言って後悔しました、やっぱり。

自分がある思想に辿り着くのって
そこに至る体験と内省の積み重ねが
必要なわけじゃないですか。
それって結論だけぽんと言っても
伝わらないし、
すごく薄まったものになってしまう。

伝えたいことは、
もうちょっと作品という形にして
出したいものだと、
つくづく思いました。
やっぱり不言実行の方が
かっこいいから。


で、今日は防湿庫を作ってみました。

もともとテープの保管はかなり雑な方で、
今まではほどよい大きさの空き箱に
詰め込んでただけだったんですが、
今回わけあってかなり貴重なテープを
預かって編集させてもらう事になったので、
梅雨対策が必要になったわけです。

まず、ビックカメラに行って
市販の防湿庫を見てみる。
やっぱり安いやつでも4千円ちょい。
これを買うのは勿体無いので構造をチェック。
フタの裏に除湿剤がついており、
フタにはパッキンが6つほど。
あとは普通のプラケース。
そんなに難しい物ではない事を確認して、
除湿剤だけ買って店を出る。
湿気を吸えなくなったら
乾かして再利用できるタイプ。
経済的♪

そして、肝心の容器を探して、
ドンキ、百均、ドラッグストアを回る。
どうやら食品用の保存ケースが良さそうだと
目星をつけつつも、ジャストなサイズの
容器が見つからない。
いったん家へ帰ってケースをしまう予定の
カラーボックスのサイズをいまさらチェック。
大体、405×275×275(幅/高さ/奥行き)。

そういえばうちのカラーボックスは、
極々ありふれた、どこにでもいる
カラーボックスなんですが、
カラーボックスという名前のわりには
いつでも黒一色です。
黒以外買ったことがありません。
でも、カラフルボックスではないから
しょうがないのかもしれない。

で、サイズチェック用にminiDVテープを
数本つかんで今度はオリンピックへ。
去年火事にあったオリンピックも
元気に営業再開しています。
そして保存容器コーナーへ。
こういう店はやっぱり品揃え豊富です。
で、プラスチチック製の米びつストッカーを発見。
米は湿気に弱いはずだから、
パッキンもついて防湿ばっちり。
まさにこれだ!
と思ったが、手持ちの金がなかったので
ATMへ。
再び売り場に戻ってきて、
米びつストッカーをチェック。
残った米をすくいやすいように
底が斜めになっている。

ダメじゃん。

仕方がないので、
普通の巨大タッパーを二つ買いました。
268×120×362(幅/高さ/奥行き)で8.5ℓ。
パッキン付きのヤツと悩んだけど、
うちのカラーボックスにちょうどいいサイズのが
なかったんで、パッキン無しの方。

あと、ジップの付いた食品保存用の
ビニル袋(パケ袋?)を買って買い物終了。


帰宅して、詰め込んでみる。
箱の底に除湿剤を敷き、
素材の種類毎に袋を分けて
丁寧にジップを閉める。
並べてみたら、
一箱に百本ちょい入りました。
一箱大体1400円で完成。
次はもうちょっと安くできるかも。
しかし、パッキン付きのやつを買ったほうが
良かったようだ。
テープを二本重ねると高さがかなりギリギリなので、
フタをしめそこねると空気が入ってしまう。。。
丁寧にやれば問題ないんだけど。
これを読んで自作する人(いるのかな?)、
なるべくパッキン付きの容器を
買うことをお勧めします。


Permalink | 2008-06-27 23:18:41 このエントリーを含むブックマーク

□→人


風邪をひいて一日寝込んでいたので、
まるっきり眠れません。


前回ブログで書いた内容に関して、
反発を感じる人達がいるだろうなと
覚悟はしていたんだけど、
友達がすごく丁寧なメールを送ってくれて、
それがまた深く考えるきっかけになったんで、
もう少し書かせてください。


旅について。
旅に出ることが全てではないと書きながら、
文章全体で旅が全てだと語っているような
印象を与えてしまったな、と思う。
そして実際、旅に出たがらない人というのは
たくさんいるのだ。
彼らのパーソナリティを否定するような
論調になってしまった事を謝罪します。
そういう友達だってたくさんいるのに、
この手の話になるとひたすら
自分の好みを理想化して語ってしまうのが
自分の悪い癖だと思う。


ただ、みんなに囚われないでほしいと思ったんです。
自分をとりまく環境で通用してる価値観は
決して絶対的なものじゃないと思う。
そんな事言ったって、それを無視しては
その環境でうまく生きていけないわけだから、
無視しろ、という話ではなくて。
自分の価値観、というより感覚を無視しないで
ほしいという話。
例えば
自分の感覚を押し殺して、
周りで通用している価値観を受け入れて、
がんばる。
ひたすら耐える。
そんな人を否定できるはずはない。
ただ、その人に楽になってほしいと思うのは、
その人自身を否定する事とは違うと思う。

その人が幸せや誇りを感じられる瞬間が
ちょこちょこあってほしいのだ。
自分の好きな事を忘れないでほしいのだ。

で、俺は旅に出ると、
そういうのをちょっと思い出すという、
俺の話だったみたいです。


Permalink | 2008-06-27 02:47:48 このエントリーを含むブックマーク

大事にすること


感情的になりすぎて、言葉で人を攻撃しないように、
あくまで、伝えるべきだと思っていることを
うまいこと伝えられるように、気をつけながら、
デリケートな問題について書いてみたい。
書いている途中できっと感情に流されそうになるから、
その時にこの冒頭の文章に戻って、
自分の状態を確かめながら書いてみる。

梅雨が来たから、
たくさんの友達が弱っているのではないかと思う。
たくさんの生き物にとっては、必要な雨なのだけど。


弱っている友達に対して、
その友達が自殺を選ぶくらいなら、
自分にできるどんな事でもしてあげたいと思うことがある。
でも友達によっては、
正直、うんざりしてしまう事もある。
それは例えば、
「自分が死んでもいいのか」
「自分の事が心配ではないのか」
といった風に、
自分の命を人質にして、
こちらの行動を縛ろうとする友達。
相手の立場や、周りの人たちの立場について、
考えようとしないで自分の苦しさを振り回す友達。

とは言え、
自分の苦しさをひた隠しにしているような友達に対しては、
こっちにはまだ余裕があるから、
少しくらい吐き出してくれよ、と思う。

だから、苦しさをアピールする事それ自体が
悪いというわけではない。

僕の尊敬する人がこう言っていた。
「この世で一番つらい事は、孤独じゃないのかなぁ」
僕はその考えに深く、激しく同意した。

自分も本当につらい時は、
そこまで周りの人たちの事を考えられないと思う。
だから、自分を棚に上げて、
前述したような友達のやり方を非難するのは
間違っていると思う。
でも、そういうやり方で来られた時に、
こっちが不快感を持つのも事実だ。
そして、そういう不快感を感じさせている事に、
気づいてほしいのだ。
なぜなら、それは僕とその友達だけの問題ではなくて、
その友達と、友達を囲む全ての人たちとの問題でもあるから。

自分が孤独で辛い時に、
その苦しさを駄々っ子のように振り回すと、
さらに孤独になってしまうと思うのだ。
秋葉原での無差別殺人事件でも、
容疑者のケータイサイトへの書き込みが公開されていたが、
被害者意識とすねた態度ばかりの言葉に、
どこまで周りがついて来てくれただろうか。
彼は自殺したわけではないけれど、
ああいった無差別殺人っていうのは
少し自殺にも似ていると思うのだ。
もちろん、自殺よりも恐ろしい事なんだけど。

それぞれの人には、
それぞれの過去がある。
例えばいじめられた体験というのは、
その人の以後の人間関係に決定的に影響するとは思う。
親による虐待(無関心を含む)もそうだ。
人の心が理解できないという事を、
単にその人の努力不足だと決め付ける事はできない。

でも、人の心を理解するとは?
なんて考え出すと、容易に答えは出ない。
そうではなくて、
たとえば、相手が自分の事をいたわってくれている事に
気づくとか、
自分の言葉が相手を傷つけた事に気づくとか、
もっと単純な話、
自分がありがとうといったら相手が喜んだとか、
そんな些細な人間同士のつながりが、
社会で暮らすためには絶対に必要だと思う。
今の社会が、そういうつながりを
あいまいにする方向に向かっていってるのは、
否定しがたい事実だし、嘆いて変わるものでもない。

だけど、人のしてくれた事に感謝できる力は、
人をすごく安定させると思う。
自分の命を支えていてくれるものすごくたくさんの存在に、
意識的になれたら、すごく心強いと思う。

だから、弱っている友達に、
旅に出てほしいと強く思う。
あえて、不便な状況に飛び込んでほしいと思う。
ほとんどいつでもATMからお金が引き出せて、
そのお金があれば大体何でもできる状況ではなくて、
腹が減っても店はなく、
道もわからないような状況とか、
誰かに助けてもらわないと
やっていけないような状況に飛び込んでほしいと思う。
それは、人間に限った話ではなくて。
色んなものに助けられるはず。
そしたらそのうち、誰かを助けられる自分に
なれるかもしれない。
そうしたら、すごく誇らしい気持ちになって、
自分の事が好きになるかもしれない。
もちろんお金だって、苦しみに耐えて稼いだものなら、
決して軽んじていいわけじゃないけれど、
でもやっぱり、人の感性を麻痺させる危険が
つきまとっていると思う、お金には。
稼ぎ方と使い方によりけりだけど。


ちょっと説教くさくなってしまった。
自分の意見を押し付けすぎているかもしれない。
それに、ブログで書いて伝わるような事では
ないかもしれない。
偉そうに語って、何様だと、頭の中で声がする。
だれもがそんなに気楽に、旅できるわけではない、とか。
もちろん、旅で全てが変わるわけではないし。
でも、旅に出られない理由って、
何をしてでもクリアできないような
重苦しいものって、そうそうないのではないだろうか。
一生放浪すべきってんじゃなくて。
少し、新しい見方をかじるって事。
それでひたすら長い苦しみが、
少しでも楽になるのなら、
もしかして生きるのが楽しくなるのなら、
仕事なんてまた今度できるから、
行っちゃって下さい。
こうじゃなきゃいけないって生き方は、
本当に自分で決めたものなのか。
使い古された言葉だけど、
自分の人生だから。


人の気持ちをいやというほど理解していても、
死にたくなってしまう友達だっている。
自分よりも、圧倒的に繊細な友達を前にした時。
そういう時、自分に何か伝える事が
できるだろうかって不安にもなる。
日々の中の暖かいものや、
笑えることを、
共有できたらな、と思う。

自分には大した事はできないかもしれない。


でも、僕は当分死なないつもりだ。


だから、少しは役に立てるかもしれない。




追記:レクリエーションって、子供のころ何なのか
よくわかってなかったけど、こないだ英語でrecreationって
書いてあるのを見て、これってre(再び)creation(創造する)
なんだなって気づきました。ただ楽しんだり、憂さ晴らしを
したりって事は、人間を新しくする事だったんだなと。


Permalink | 2008-06-22 02:15:40 このエントリーを含むブックマーク

とりあえずやってます


いままで色んな理由から手を付けられなかった
ライブやイベントの映像を最近、
地道に編集している。

権利問題もあるだろうから、
片っ端から公開していくというわけには
いかないのだろうけど、
たとえば記録された場のクオリティの高さと
その場に居合わせている観客の少なさとを
考えたとき、
この映像を人と共有する事で
もっと幸せな関係が生まれるのではないかと思うし、
そうした方向でもっと自分の力を使えれば
いいなと思う。

まあとりあえず前提条件として、
そうした場を提供してくれた人々に
DVDを作って渡す事から始まるのだけど。

という事で、編集しています。
先日、短編映画の脚本をさくっと書いたので、
そっちもスタッフやキャストなんか集めて
さくさくっと撮りたい。

仮タイトルは『与える男』。
コメディにはなりませんでした。


Permalink | 2008-06-20 01:17:39 このエントリーを含むブックマーク

小笠原映像について


先日、Creative Commonsでアップしたと書きましたが、
合計10分もの高画質ファイルをアップするのはちょっと
苦しいので、とりあえずFilmのほうに移しました。
CC素材は使いやすそうなところをみつくろって、
短めの素材でアップしたいと思います。
業務連絡でした。


Permalink | 2008-06-12 16:56:20 このエントリーを含むブックマーク

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